高配当株ポートフォリオ艦隊☆司令長官の奮戦記

配当再投資戦略で資産形成を目指すサラリーマン投資家の手記

家計の財産が日々変動するのは強烈なストレス。配当再投資戦略に確信を持った投資家以外には耐えられない。

米国市場の未来を心から信じる者以外は、資産の急激な減少には心が耐えられない。

わが家計の余剰資金300万円を米国株に追加投資しようと妻に提案したら、秒速で却下された。


配当再投資戦略で資産を築くためには時間が必要であることから、そこそこの株価になったら買い増しするのが合理的なのだと説得したが、まったく聞き入れられなかった。


よく話を聞いてみると、家計の財産が毎日大きく変動するのに心が追い付かないということだった。


なるほど。


株式市場と何年も向き合ってきた投資家は、株価の変動には慣れているから、ちょっとやそっとじゃ動揺しない。ましてや米国株で配当再投資をやっているシーゲルの弟子たちは、株価が急落したら再投資のチャンスだと言って大喜びする。


この感覚は普通の人には理解できないようだ。


私は米国の超優良企業への投資は必ず成功すると信じており、必要以上の現金を抱え込むのは愚か極まりない行動であると思っている。


だが、私は妻に従うことにした。なぜか。


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それは、わが家計のリスク資産への投資残高が、たとえ私のリスク許容範囲内であったとしても、妻のリスク許容度をオーバーするべきではないと判断したからだ。


もし私が強引に追加投資を決行して、わが家計の現金・株式比率を株式の方へ傾けたとする。


ここで株式市場の暴落が起こった場合、私は耐えられるだろうが、おそらく妻が耐えられない。


人間は自分のリスク許容度を超えると狼狽売りしてしまうので、妻は、株価が底値になっているところで私に売却を迫ってくる可能性がある。


そうなると、株式投資では爆損を被ったうえに、夫婦関係もダメージをうけるという最低最悪の状況に陥ってしまう。


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以上より、家計のお金で株式投資をする場合には、自分と配偶者、リスク許容度の低い方に合わせて現金・株式の比率を決めるのが合理的であると考え、追加投資を諦めた。


よかったら参考にしてほしい。


【シャープ (6753)】株価が長期間じわじわ下落する底なし沼

先日、米国ハイテク株をはじめとする株価急落騒動があった。


すでに落ち着きを取り戻した感があったが、今朝株価を確認したらIBMが7%超も急落しており、おかげで一瞬で眠気が吹き飛んだ。


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さて、このように株価が急落して低迷しても、安定して配当金を産んでくれれば、長期投資家としては問題ない。むしろ、株数を増やす好機だといえるだろう。


本当に怖いのは、株価が長期にわたりじわじわと底なし沼のように下がり続けるケースだ。


それが私のポートフォリオ艦隊の旗艦、シャープ(6753)である。


この、2年を超える長期下落の惨状をご覧あれ。


シャープ (6753)

出所:SBI証券ホームページ


シャープは、たしか2015年だったかしら、経営危機の中を台湾の鴻海に買収された。


その後、2016年秋のトランプ大統領選挙から急騰しはじめ、2017年春には最高値500円(株式併合前)まで行ったが、そこから下落が始まった。


その頃の私はまだキャピタルゲインで大儲けを夢見ていたので、最高値付近で乗っかった。それ以来、私はこの銘柄と奈落の底へ向けて旅を続けている。


先日、ついに株価が2,000円を切ってしまった。MAX到達点から見れば6割の下落である。かのゼネラル・エレクトリック(GE)を保有する人々もこれを見れば少しは心が安らぐことだろう。


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振り返ってみると、シャープは急激に株価が落ちるということは無く、毎日目に見えないくらい、少しずつ、少しずつ落ちていった。そのため、損切に踏み切るタイミングが上手く見いだせなかったように思う。


この銘柄に財産の大半を集中投資していたらと想像するとぞっとする。


それにしても、ここまで嫌らしく下げ続けるとは、何か裏があるのでは・・・と疑ってしまいたくなる。


8Kテレビという希望もあるし、ここまで下げたら急反発という期待もできそうなので、辛抱強く保有し続けようと思っている。



【サラリーマン】名もなき雑用、上司への服従。いくら頑張っても価値あるスキルは身に着かない。

サラリーマンは日々凄まじい努力をしているが、「社畜」などと呼ばれて蔑まれている。


皆様もご経験のとおり、サラリーマンの仕事はとてつもなくハードである。上司から無理難題を命じられ、複雑怪奇な社内調整をこなし、超絶技巧のExcelを駆使して数字を集計し、寝る間も惜しんでプレゼン資料を作り上げ、朝から晩まで続く会議を戦い抜く。


スパルタの戦士もびっくりするほどの勇猛果敢な戦いぶりだ。


だが、そのサラリーマンが自らを「社畜」と名乗って自虐ネタに走ることを強いられるほど蔑まれているのはなぜか?


彼らがやっている仕事をみれば、「社畜」などと蔑まれる理由が分かるはずだ。


サラリーマンに与えられる仕事の多くは、細分化された作業である。


例えば、
・他の誰かが作成したエクセルの数字をアップデートする作業
・プロジェクトの全体から切り出されたひとかたまりの作業
・他のメンバーたちが作った資料のとりまとめをする作業


このような仕事の一つひとつが難しく、また、会社という巨大組織を動かすためには必要な仕事であることは言うまでもない。


だが、サラリーマンに与えられるこれらの仕事は、会社を動かすための立派な仕事が極限まで細分化された「名もなき雑用」なのである。そこには「自分の力で何かひとつの仕事を完成させる」という最高のやりがいを感じられる機会はほとんどない。


このような仕事をしていると、人間はいつの間にか誇りを失っていく。


マルクスも『共産党宣言』のなかで分業を批判して次のように指摘している。

プロレタリアの労働は、機械装置の拡張や分業によって、あらゆる独立的性格を、したがってまた、労働者にとってあらゆる魅力を失った。労働者は機械の単なる付属物となり、こういう付属物として、ただもっとも単純な、もっとも単調な、もっともたやすく習得できるこつを要求されるだけである。


さて、自分で仕事を完成させるという喜びを失ったサラリーマンが集まると、ヒエラルキーをめぐる争いが始まる。彼らはもはや自分の仕事はどうでもよく、いかに組織内で良いポジションを取れるかが唯一の関心事になる。


そのような職場では、複雑きわまる人間関係の網の目を縫うような繊細なコミュニケーションが要求される。また、近代の経済合理主義にはあるまじき、封建主義的な絶対服従という価値観に支配されている。


それだけではない。


仕事を複雑に細分化したせいで相互の連携がすごく難しくなる。自分が何をやっているのか、相手に何を求めているのか、他のメンバーに伝えるのは一苦労である。「名もなき雑用」をするもの同士の軋轢が常に生じるようになる。


サラリーマンは、このような困難な環境を克服しつつ、グローバル競争で勝てるような成果を上げることを求められているのである。


ここからが結論だ。


このような環境では常に何かしらのトラブルが発生する。


・若造の態度が失礼だったから、お偉いさんが機嫌を損ねて動かない。
・他の部署に協力を依頼したけど、意図が伝わらなくてスルーされた。
・仕事が難し過ぎるため、みんな逃げ腰なり、何も進まなくなった。
・社内の監査で些細な点を大きく取り上げられ、対応に困っている。


サラリーマンはこういった様々なトラブルを克服するために多大なエネルギーを費やしている。悪いことではない。このようなトラブルを乗り越えて仕事を前進させることこそ、組織運営で最も大事なことであるといえるからだ。


だが、個人が置かれた立場としては、毎日がトラブルまみれ、創造的なことに意識を集中させる時間などほとんど持つことはできない悲惨な状況だろう。


これはちょうど、貧乏で揉め事だらけの家庭では、子供が勉強できず良い大学に行けないのと似ている。


毎日のように起きるトラブルや揉め事を処理するのは並みの労力ではないが、それを一つひとつ解決しても自分に付加価値が付くわけではない。


これが、サラリーマンが頑張ってもいまいち報われない理由なのではないかと思う。