高配当株ポートフォリオ艦隊☆司令長官の奮戦記

配当再投資戦略で資産形成を目指すサラリーマン投資家の手記

【KO】コカ・コーラを飲むと活力が湧く

 わが高配当株ポートフォリオ艦隊は、豊かな老後へと針路をとって、株式市場の荒波の中を航行中である。


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 コカ・コーラ(KO)は、わが艦隊の主力銘柄であり、これからも配当再投資により益々増強していく方針である。私は司令長官として、この銘柄への最大限の敬意を示すため、仕事中にコカ・コーラを飲むようになった。


司令長官であるこの私も愛飲しているコカ・コーラ


 ひと月と待たずに、この清涼飲料は、私の人生にとって欠かせないものとなった。体が疲れている時、集中力が切れた時、いつも私を救ってくれるのはコカ・コーラである。独特の風味と炭酸の刺激が体中に染みわたった刹那、私の心と体から活力が湧き上がってくる。私は仕事において、常に高いパフォーマンスを持続できるようになった。


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 ちなみに、私が飲んでいるのは、コカ・コーラ ゼロである。パッケージの
zero SUGAR zero CALORIES” 
というメッセージに深く共感しながら、私はコカ・コーラを毎日美味しく頂いている。


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 この地球上には、私のようにコカ・コーラを愛する何十億というホモ・サピエンスが暮らしている。このグローバル企業が将来にわたって我々株主に大きなリターンをもたらしてくれることに疑いの余地はない。

リーマンショックの頃

 わが艦隊は、豊かな老後へと針路を取り、今日も株式市場の荒波の中を航行中である。


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 世界を震撼させたリーマン・ショックから10年という節目を迎えた。今になって過去の株価チャートを振り返った者には、もれなく、あの時期に優良企業の株式を大量に買っておくべきであった、という後知恵が授けられる。


 だが、学びを与えてくれる過去はチャートだけではない。自分自身の当時の記憶を掘り起こし、あの出来事が起きた時期、何を考えどう行動していたのかを振り返ることからも、有意義な学びがあるはずだ。


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 リーマン・ショックが起きた2008年秋、私は社会人1年目で、大手プロフェショナルファームで専門職員として、同世代の優秀な若者たちとの競争を強いられる環境で働いていた。私は受験エリートであったから、競争を勝ち抜いて、周囲よりも優秀であると認められることに何よりも価値を置いていたし、おそらくライバルたちも同じ価値観を持っていただろう。


 これまで同世代の競争を勝ち抜いてきた秀才たちも、同種の人間ばかりが集められた空間では、その希少性が失われ、何ら特別なものを持たないただの男や女に成り下がる。個々の知的能力には大差ないので、身体の造形の美しさ、体の大きさ、群れに上手に入っていく力、相手を威圧する力、といった原始的なものが人間の価値を図る物差しとなる。昼食の時間には、〇〇さんが▲▲君のことを悪く言っていた、××君は皆から下に見られているが実はプライドが高い、といった噂話で盛り上がる。仕事の時間には、□□さんが言っているのだからこれが正しい、といった権威主義が幅を利かせる。


 私もそのような環境の中で、周囲の人間との競争に一喜一憂する日々を送っていた。先輩から言われた言葉に舞い上がったりショックを受けたり、エースとして認知された先輩がいるポジションに自分も立ちたいと思ったり、ライバルたちが失敗した噂を聞いて胸が躍ったりしていた。仕事には大変な努力をしていたが、精神的にはきわめて低い次元に堕ちていたと思う。


 そのような中、私はリーマン・ショックという歴史的出来事に遭遇することとなった。私は見栄を張るために知識を得ようと、日経新聞を読んで日々の出来事を追いかけ、日経平均株価が暴落する様子を見守るようになった。しかし何が本質なのかを全く掴めていなかったので、すぐにやめてしまった。昼食の時間には、「いま株を買ったら儲けられるんじゃないか」と言う者に対して、「やめとけ、どこまで下がるか分からないぞ」という「賢明な」アドバイスがなされるのを聞いて、その通りだと思った。周囲の者たちがFXというギャンブルで月給と同じくらい勝った、負けたという刺激的な話を聞いて、自分もやってみたいと思って、本を買って最初の数ページだけ読んで、結局何もしなかった。飲み会の席では、何も分かっちゃいないのに会社の仕事のやり方を批判して、これまた何も分かっていない同期から否定されて、気分を悪くしたりしていた。


 あの頃の若かった私は、世界の仕組みなど何も知ろうとしなかった。自分の半径5メートルにいる人々とだけ競い合いながらクルクル回っている、薄っぺらい学園青春コメディのような世界観を生きていた。若い肉体から生じる無尽蔵なエネルギーは、周囲の人々との関わりの中ですべて使い尽くされていた。もしも、今の私があの頃の自分に対して、優良企業の株式を買うよう説得したとしても、何らの関心も示さなかっただろう。あの頃の私には、ジェレミー・シーゲル著『株式投資の未来』もバフェット太郎著『バカでも稼げる高配当米国株投資』も、その価値は全く理解できなかったであろう。


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 その後、私は10年にわたり無知の闇をさまよい続けて、最近になってようやく長期投資家としてのスタイルを確立することができた。思うに、株式投資で堅実に資産形成するという概念は日常感覚とはかけ離れたものであるから、人々がそれに気が付くのは容易なことではないのである。


 我々のような投資ブロガーの使命は、一人でも多くの人々の目を醒まさせることなのかもしれない。

株式市場の波について

 わが家計の高配当株ポートフォリオ艦隊は、豊かな老後へと針路をとって、株式市場の荒波の中を航行中である。


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 諸君らの中には、市場の波が気になって任務に集中できない、よく眠れないという者もいるだろう。だが心配することはない。わが艦隊は日米が誇る超優良銘柄のみで構成されているから、一隻たりとも沈没の恐れはない。


 不沈艦隊の乗組員である諸君らの任務は、もらった配当金を航海日誌に記録していくことである。あとは、受領日、銘柄、金額がびっしり並んだノートを眺めてニヤニヤしているがよい。・・・そして、現金が20万円ほど貯まったところで、優良株式の買い増しを行い、より強く逞しくなったわが艦隊の威風堂々たる雄姿を眺めて感激の涙を流し、明日からも果てしなく続く航海への決意を新たにするのだ。


 これが、わが艦隊が誇る、絶対不敗の高配当再投資戦略である。


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 さて、わが艦隊から遥か遠く、嵐の真っただ中で大荒れの海域を、イワシの群れのごとき小さな船の大群が漂っているのが見えるだろうか。


 彼らが目指しているのは、嵐の海に気まぐれに出現すると言い伝えられる、幻の宝島である。彼らは、猛り狂う荒波によってもっと高く、もっと遠くへ運んでもらえるように、できるだけ船体を軽くしている。要するにタンポポの綿毛なのである。


 運の良い者は一瞬にして宝島へと到達し、わが艦隊の100年分に匹敵するような財宝を手に入れる。だが、大抵の者は帰路で再び嵐に遭遇して海の藻屑と消えるのである。


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 株式投資の本来の姿は、富を持っている者(委託者)が信頼できる企業(受託者)に資金を提供して、その見返りとして、企業が稼いだ利益から配当金を頂くというものである。わが高配当株ポートフォリオ艦隊はこの基本を忠実に守っている。


 株式市場は、この株主の地位を売買できるようにして、株式投資への参入・撤退を容易ならしめるために存在している。売り手と買い手が集まるのだから、当然、需要と供給のバランスにより取引価格は変動することになる。この市場での売却益を求めて、小さな船は幻の宝島を目指して旅をする。


 わが艦隊の立場から見ると、このキャピタルゲイン狙いの投資というのは、本来の株式投資から派生的に生じた市場において、その時々の値動きを利用して富を築こうという、きわめて特殊なやり方であるといえる。わが国では、この特殊なやり方が、株式投資の一般的なイメージとして定着している。


 一般的にギャンブルというのは、最初はビギナーズラックで勝って、次も勝って、その次も勝って、いよいよこれは天職だと思った矢先に大失敗して、これまでの勝利の蓄積をすべて失うという悲劇である。だが、ごく稀に、このゲームに勝ち続けて億万長者に成り上がる人間がいる。私の想像だが、人間も生物だから個体差があって、彼らの脳は普通の人間には知覚できない何かが見えたり聞こえたりするという特質を持っているのかもしれない。


 短期売買は、そのような特殊な人間が特殊なゲームで勝って富を築く世界なのだと思う。わが家計の艦隊を預かる司令長官としては、このような世界へといざなう波は相手にせず、ただひたすら、豊かな老後に向かって長き旅を続けるのみである。人生で成功する秘訣は、何か特別なことにチャレンジすることではなく、忙しい日々の中で忘れてしまう基本中の基本に立ち戻ることなのかもしれない。